「明日香の風が教えてくれるもの ─ 世界遺産認定の陰にあった、大本三代教主の祈り」

令和8年、私たち日本人にとって「こころのふるさと」ともいえる明日香村を含む「飛鳥・藤原の宮都」が、ユネスコの世界文化遺産として認められました。

石舞台古墳や高松塚古墳、藤原宮跡といった悠久の史跡群が、人類共通の宝として位置づけられたことは、まことに喜ばしいことと思います。

しかし、この慶事の陰には、あまり知られていない歴史があります。

もし半世紀前、一人の宗教家が声を上げなければ、今日私たちが目にしている明日香の景観は、また違う姿になっていたかもしれません。

その宗教家こそ、出口直日大本三代教主です。

デジタルの時代に、置き忘れてきたもの

今、私たちはAI(人工知能)が個人の嗜好を読み取り、メタバースやVRが物理的な距離を軽々と超えていく、そんな時代を迎えています。

指先ひとつで世界とつながり、あらゆることが効率化されていく便利さのなかで、私たちは「手触りのある現実」や「こころの安らぎ」を、どこかに置き忘れてきてはいないでしょうか。
デジタルの網の目が細かくなるほど、かえって「魂の体温」を感じにくくなり、足もとの土の匂いや、頬をなでる風のささやきを忘れてしまいます。そんな漠然とした「孤独」や「乾き」を抱える人も少なくないように感じます。

だからこそ、出口直日大本三代教主が「日本文明のひな形」として守り抜こうした明日香に脈々と流れる、日本人本来の心のありようが、現代を生きる私たちに、日本の原風景と暮らしを思い起こさせるのではないでしょうか。

明日香村棚田

万葉の風吹く「奈良岡の家」

三代教主は、若い頃から万葉集の歌に親しみ、飛鳥の地を「日本人が自らの国柄を知るための、もっとも大切な場所」として、格別の思いを寄せていました。

その家系(上田家、桐村家)をたどれば、飛鳥時代に岩戸開きの神事を司られた天児屋根命(あめのこやねのみこと)や藤原一族へとつながっていきます。

三代教主にとって明日香は、単なる観光地ではなく、自身の魂のルーツともいえる場所でした。

1967年(昭和42年)、三代教主は藤原一族発祥の地とされる明日香村大原の里に、「大本奈良岡の家別院(現・大本奈良岡の家分苑)」を開設しました。

万葉の歌を口ずさみながら明日香路を歩むその心には、「この地を護ることで、日本の自然がこれ以上壊されないように」という、日本の国風を守る祈りが込められていました。

奈良岡の家別院(現・大本奈良岡の家分苑)

首相の心を動かした「声の直訴」

昭和40年代、日本が高度経済成長の只中にあり、暮らしが豊かさへ向かう一方で、その波は「日本人のこころのふるさと」明日香村にも押し寄せていました。開発という名のもとに悠久の景観が破壊されようとしたとき、三代教主は日本の山野が荒れるに従って、日本人の道徳や礼儀も荒れてきたと深く嘆きました。

自然を単なる景色ではなく、日本人の心の拠り所、日本文明のひな形と捉えていたからこそ、三代教主はその荒廃を、日本人の誇りが地に落ちる危機と受け止め、警鐘を鳴らしました。

三代教主の祈りは、具体的な行動へと移ります。

既に開設していた「大本奈良岡の家別院」を拠点に、信徒の御井敬三氏に、単なる外からの保存運動ではなく「地元住民となって声を上げること」を託して移り住ませました。

この運動の決定的な転機となったのが、時の首相・佐藤栄作氏への「声の直訴」でした。三代教主の想いを体した御井敬三氏は、交流のあった松下幸之助氏の助言を受け、自身の声を吹き込んだ録音テープを同氏を通じて首相に届けました。

「明日香を失うことは、日本の国柄を知る術を失うことである」という真摯な訴えは佐藤首相の心を強く動かし、自ら閣僚らと甘樫の丘に立つという異例の視察へと繋がりました。

この一人の宗教者の祈りと、現場で汗を流した信徒の誠が、1980年(昭和55年)の「明日香法(明日香村特別措置法)」成立という、国による法的保護の結実をもたらしました。

2026年の今日、私たちが仰ぐ「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産認定は、この半世紀にわたる保護活動が結実したものです。

御井敬三氏の直訴状

石舞台古墳

お土を大切にする

「私は、日本の立直しは、どうしても ── お土を大切にすること ── から始まらなければ、と思います」(『こころの帖』 出口直日著)

出口直日三代教主が命を懸けて守り抜かれた明日香の精神は、現代の私たちに「お土を大切にすること」の意味を教えてくれているように思います。

デジタル化が極まり、実体のない価値に振り回されがちな現代だからこそ、私たちは「農は、文化の母胎である」という原点に、もう一度立ち返る必要があるのかもしれません。

あらゆる生命を育み、万物を抱擁し、浄化していく「お土の心」に神習うこと。

それは、家庭のプランターで一株の野菜を育てることや、日々の食事の中で「地の恩」に感謝することから、静かに始まっていくはずです。

後年、三代教主は、「私は、この世の中に何も功はないが、世間に対して自慢のできることが一つだけあります。それは明日香の保存に多少なりとも、お手伝いをさしてもらったことです。これは私が唯一自慢できることです」と、神さまへの感謝とともに語りました。

東海教区特派宣伝使 前田 茂太