大本愛善学苑の前身、梅松塾をご存じですか?
大本のみ教えを、規則正しい生活、日本の伝統芸術などをとおして学べるところでした。
恥ずかしながら、私は優秀でもなんでもない塾生でしたが、それでも梅松塾での経験は、これからの時代に必要なことばかりだったのだと痛感しています。
もし、進路に悩んでいるなら、大本愛善学苑を進路の一つに選んではいかがでしょうか。
愛善学苑をおすすめする理由3選
はじめに、私自身は愛善学苑をよく知っているわけではないので、梅松塾での学びについて感じたことを中心にお話することをお許しください。
私が愛善学苑をおすすめする理由は3つあります。
- ものごとの原点は何かを感じられる
- 選ばずとも良い環境で学べる
- 何歳になっても役に立つ学びがある
人生において悩みはつきものですが、青年時代に経験した梅松塾での学びは、私の心の奥深いところで支えてくれました。
今さらながら、青年時代に聖地で学ばせていただけたことを有難く感じています。
AI時代に求められるものとは
ところで、最近どんな質問をAIにしましたか?
今や、わからないことはスマホで検索ではなく、AIに直接尋ねる時代になりましたよね。
ネット上の様々な文章、画像、動画まで、AIでの作成が可能になりました。
情報もかなり正確なものに基づいての作成が可能です。
つまり、一つの質問に対して答えが同じコンテンツが量産できるようになったということなんですよね。
こんな便利な時代になると、何が必要だと思いますか?
そう、人間力です。
え?どういうこと?と思った方は、続きをお読みくださいね。
何を伝えるかではなく誰が伝えるか
以前のこちらの記事でも取り上げましたが、今は、何を伝えるかではなく誰が伝えるかの時代です。
AIを使ったことがある方はご存じだと思いますが、AIはほんとうに従順で、検証は必要なものの、かなり正確な答えを導き出してくれますよね。
私も仕事上、かかせないツールになりました。
AIに詳しい方に聞いたのですが「AIは優秀な新入社員だ」といっていました。
どういうことかというと、根気よく下調べをしてくれる、修正依頼を嫌がらない。
ただし、具体的な指示をしないと、十分な働きはできないということです。
とはいえ、この言葉は1年前の話なので、今は中堅社員くらいの能力があるのかもしれません。
AIのめざましい発展により、情報や知識の価値が以前に比べて低くなっている、という人もいます。
人間力が試される時代
ここ数年、細々ながらネットでの仕事をしていますが、情報の価値の移ろいにびっくりしています。
数年前、私がネットでの仕事を始めたころとは、大きく様変わりしました。
Webの記事、動画コンテンツなど、AIがあっという間に作ってしまう時代。
どんな知識を持っていたとしても、同じような内容の発信は数多くあります。
そこで求められる人材とは、あなたと働きたい、あなたの話を聴きたいと思わせる人間力だという話をよく聞くようになりました。
このような環境に日々、向き合っていると、しみじみと大本神諭の御言葉が心に響いてくるのです。
これからの時代は
「改心いたして身魂を磨く」
このことがほんとうに重要になっているのだなあとひしひしと感じられるのです。
念うところ世界なり
仕事上、いろいろな情報を集めているなかで、特に興味深く感じたのが心理学と量子力学です。
量子力学については少しかじった程度ですが、本を読んでいくうちに、尊師様の生きがいシリーズに書いてあったことが、学問として載っていることに驚きました。
例えば「念うところ世界なり」のお示し、あなたはどう感じていますか?
「いやいや、念うところが世界なら、もっと豊かに幸せなはず。こんな世界は望んでいないからそんなわけない」って思うことありませんか?
ところが、量子力学から説明すると、この世は自分の思っていることが形として現れているといわれています。
つまり、生きにくい世界だと思っているから生きにくい世界が目の前に現れている、というのです。
もう一つ、ぼたえもん童話集の「眼玉売り」も、心理学の視線からみると奥が深いお話なのではと思えてきました。
「眼玉売り」を知らない方にざっくりと説明しますと
ある村に眼玉売りだという老人がやってきます。
「金印」「美人印」「笑い印」など、いろいろな眼玉を売りにきたといい、村人の望みのままに、眼玉を入れ替えてやります。
金印の眼玉を入れられた村人は、すべてが黄金色に見え、美人印の眼玉を入れられた村人は、だれでも美人に見えだし、笑い印の眼玉を入れられた村人は閻魔様の顔も地蔵に見えるという奇跡が起こり、村人たちは喜んで老人を見送る、というお話です。
心理学の視点で考えると、眼玉は思い込みではないかと思うのです。
人は、自分の経験からくる思い込みを他人に投影することがあるらしいのです。
そしてこの思い込みは、その人にとっては常識となっているため、物事への感じ方がすべてその思い込みどおりになってしまいます。
つまり、思い込みによってどう変わるかというと「人は優しい」という思い込みを持っている人と「人は裏切る」と思っている人では、同じ事柄に対して、まったくちがう認識を持つ可能性があるんですね。
ぼたえもん童話集の眼玉売りに通じるものがあると思いませんか?
私は、この思い込みをメガネだと感じています。
身の上相談をお受けしたとき、人それぞれにメガネがあって「しあわせが見えないメガネ」「正義しか許さないメガネ」など、いろいろのメガネがジャマしているなって思うことがあります。
だから愛善学苑がおすすめ
人間はどんな思い込みがあるかによって、見えるものも見えず、聞こえることも聞こえないことがあります。
これは、脳科学でもいわれていることで、人間は欲しくない情報は無意識に遮断するそうなのです。
まさに、どんな眼玉で世の中をみるか、ということは、人生を豊かに暮らすためには
重要なのではと思います。
事実、私自身もご神書によって違う視点に気づかされたり、人とのトラブルの中で自分自身の思い込みに気づかされたりします。
でも、この気づきをいただけるのも、やはり青年時代に聖地で学ばせていただけたからこそと感じています。
先日、大道場修行に行かせていただきましたが、今、一般の方の修行者が増えているそうです。
心に残った一般の方のコメントです。
「もっと早く大本を知りたかった。そうすれば、家族ももっと良くなったのに」
私もいろいろなことを学ぶにつれて、大本のみ教えの凄さを感じています。
愛善学苑ってどんなところなのと思った方へ、愛善学苑則をご紹介します。
愛善学苑則
一、身魂磨きに精励し、みろくの世建設に奉仕する人となります
一、み教えと日本伝統文化の習得を通じ、大本人としての使命を自覚します
一、人類愛善・万教同根の精神を覚悟し、国際感覚を持った宣伝使を目指します
なんとなくどんなところが感じていただけたでしょうか?
日本人であること、大本人であることは、これからとても大事なことになるのではと感じています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
大本愛善学苑の日常
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