宗教の品性とは~櫻井義秀先生の講話を聴いて~

大本神苑雪

無期懲役ー2026年1月21日、安倍晋三元首相銃撃事件で殺人罪などに問われた山上徹也被告へ判決が言い渡されました。
読者さまは、この判決をどう感じられたでしょうか。

今日は、2025年12月7日、大本本部みろく会館ホールにて開催されました、北海道大学大学院文学研究院教授、櫻井義秀先生による講演会のお話について紹介したいと思います。

櫻井先生は、まず、宗教には品格を求めたいといわれました。
統一教会と山上被告のことから考察された現代日本で問われる宗教の在り方、国家による宗教弾圧を受けた大本事件と信者研究について、そして宗教の品格について、講演されました。

はじめに、この記事は決して犯罪を擁護するものではないことを申し上げておきます。

統一教会と山上被告

櫻井先生は、まず、統一教会がどういう宗教であるかを解説されました。

お話によると、統一教会は信仰によって人間の原罪をなくすことが重要な目的のひとつになっているようです。

また、先生は山上被告の弁護に関わっていらっしゃったそうで、安倍元首相銃撃事件の背景になった家庭環境などについても詳しくお話されています。

統一教会に入信した母親の献金により、家計も家族も破綻していった山上家。
山上被告は、壊れていく家族のケアを幼い頃から担っていた、ヤングケアラーだったそうです。

幼い頃から親のケアをしてきた人は、自分の本当の気持ちがわからなくなるようです。
つねに周囲の正解を探し、気持ちを読み、周囲の期待に応えようとします。
その結果、感情が置き去りになってしまうため、自分でも気づかないうちに負の感情がたまってしまうといわれています。

ただただ家族のために生きていた山上被告が、殺人という犯罪を起こすまでの絶望を思うとき、信仰とは何なのかと考えずにはいられません。

信仰を足かせにしない舎身活躍

講演のなかで櫻井先生は、「宗教に品性を求めたい、宗教は身を修めると同時に社会も治めるものなのではないか」と話されました。

このお話を聴いたとき、私は以前茶道の師より聞いた話を思い出しました。

出口王仁三郎聖師の著書『霊界物語』のなかの副題の一つに『舎身活躍』があります。

以前、私の茶道の師より、舎身活躍の舎が、捨てるという漢字になっていない理由について聴いたことがあります。

舎身活躍とは、身を修め、家を治めたうえで神さまのために活躍することだと。

聖師さまのほんとうのご真意はわかりませんが、身を修め、家を治められるような人であれば、信仰は足かせにならないのかもしれません。

どの神さまや仏さまを祈るか、ということも大事ですが、どのような信仰を持っているかはとても重要なのではと感じています。

尊師様の御著書にもある
理想を見つつ現実を離れず、しかも現実を一歩ずつ向上させねばならない。

この姿が信仰なのかもしれないとも感じています。

今の自分や現実を見つめることと、宇宙視点で事実を見つめること。

この2つの眼を持っている方は、宗教に所属している、いないにかかわらず、信仰者のような澄んだ雰囲気を持っていると感じています。

宗教に潤いをもたらす芸術

宗教の教えには、こうすべき、こうあるべきというものがあります。

このこうあるべきという教えは、平常時はちょっとめんどうに感じがちです。

しかし、これは勘違いだったことに気づいた時期があります。
それは、手術のため入院したときでした。

手術にいたるまでのいろいろなことを考えていたとき、気づいたんです。

生活を整えること
正しい食事をいただくこと
祈ること

めんどうだと感じていたことすべてが、私がしあわせになるためのメッセージだったのだと。

神さま、仏さまの教えとは、人間がしあわせになるためのメッセージだと考えると、ただただ有難くなります。

とはいえ、教えのみに限定すると、窮屈に感じられてしまう恐れもあります。

根元神からの愛のメッセージともいえる教えですが、これを振りかざされるとあまり有難くない気持ちになりますよね。

うれしい、ありがたいと感じる体験がないと、窮屈な校則と同じに感じてしまいます。

教えを学び、よい友を得て、共に向上していく

櫻井先生は、真剣に、楽しみながら、心が満たされるような環境として、芸術が大切なのではないか、と話されました。

先生ご自身も茶道を学ばれているとのこと。

張り詰めた気持ちをリラックスさせるには、茶道はとても良いそうです。

私もお茶席に入ると、なんとなく心がふわっとするような、何とも言えないうれしさを感じられます。

緊張しっぱなしでいるより、リラックスしたほうがパフォーマンスはあがるので、芸術に浸る時間は必要かもしれません。

私も細々ながら、お稽古事をさせていただいていますが、真剣なお稽古は、慢心に気づき、良い友を得て共に向上していく楽しさがあります。

恨みを持って怨みに報いるならばついに恨みが止むことはない

櫻井先生のご経験やご見識に基づくお話はとても興味深く聴かせていただきました。
ぜひ、多くの方に聴いていただきたいと思います。

最後に仰った「恨みを持って怨みに報いるならばついに恨みが止むことはない」は、いまだに静かに心に響いています。

私なりに感じたことをお話します。

教えは、人を仕合わせにするための神さまからのメッセージ。
信仰は、真剣ななかにも、温かいものが感じられるものでありたい。

所属している宗教団体を大切に思うなら、その神さま、仏さまの教えを生活に落とし込んでいく。
その行動を続けることで、その宗教の尊さを理解してもらえるのだと、お話を聴いて改めて思いました。

私自身も、そうならせていただくべく、精進させていただきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


大本事件解決80年記念講演会「宗教の品格~学び、治め、磨くこころの時代~」/講師:櫻井義秀(北海道大学大学院文学研究院教授)
https://youtu.be/pw4cWQcv9CA?si=Rkghk56oX6c7US7u